5月8日 百姓奮戦記
昨日は神戸から姫路経由で、JR姫新線に沿って中国山脈を縦断。津山・新見と抜けて広島県比婆郡東城町の実家に生還。
私事ですが、このへんぴなど田舎に生を受け、花も恥じらう18の、青春真っ盛りまで暮らしておりました。
カルトファンなら、比婆郡と聞くと「怪獣ひばごん」を思い出す方がいらっしゃると思いますが、それはお隣の西城町でのお話。
あいにくながらこの辺りでは、イノシシや平家の落人は出てきても、猿や類人猿は出現しません。
いずれにしても、見渡せば山また山。
山の谷間に、猫の額ほどの水田を苦労して開いたご先祖様には申し訳ないが、出来ればこんな田舎町には生まれつきたくはなかった。
何せこの辺りはお祭りになると、「鮫」「エイ」などのグロテスクな魚がご馳走として出てくる。
なぜならこれらの「古代魚」は体内に排尿機関を持たず、血液中にアンモニアが混入しているため腐敗しにくいのが特徴。
だ・か・ら・・・。
瀬戸内海からも日本海からも中途半端に遠く、、おまけに大した人口もなく、大きな湖も川もないこの周辺では、生魚といえばこれしかなかったわけだ。
ひませの古代魚の、ツンと鼻を突くにおいに辟易していた私は、高校を卒業すると同時にランナウェイ。
一時は親にさえ行方をくらまし、全国を放浪していたことさえもある。
その付けがまわったのか。
父親は百姓のかたわら屋根葺き職人をやっていた。
そこはほれ、田舎のこと。昼に夜に、施主さんから振舞酒が出る。
元々大酒のみの糖尿病み。ついでに中国地方の酒と言えば超〜甘口。
そして、症状は目に出た。
白内障。眼圧の上昇。出血止めのレーザー治療・・・。
インフォームドコンセンスも知らない60過ぎの善良なおとっぁんは、こうして失明した。
姉はご近所に嫁に行っているが、そうそう彼女に重荷を押しつけるわけには行かず、弟は兄の戦略を見習って北海道に高飛び。
こうして春秋の百姓仕事は、長男の責務となった。
昨年は、めくらに水田管理はもちろん無理なので、花の種をまいた。
コスモス・ひまわり。環境美化田には若干ながら助成金が出るので、なんとか種代だけは元が取れる計算だった。
秋の百姓労働奉仕時に、コスモスもひまわりも種ごとトラクターで引き込んだので、今年はまるまる助成金が残る計算であったが、
今年は義理の兄が水田を耕作してくれることになった。
昨年実った種は無駄になったが、両親と義兄の希望にはあがらえない。
ましてや義兄も勤め人。比較的時間が自由になるとは言え、自宅の水田の規模も結構なもの。
出来る範囲の協力をかってでて、耕作予定の田を耕し、水を張って「水田」にして渡すことに相成った。
ここからが本題。
連休商戦を乗り切り、昨日8時間かけて一般道をひた走り(おまけにずぶぬれ)、帰宅した私は日出とともに起床。
飯をかきこみトラクターにのっかった。このとき朝7時。
ディーゼル機関の吐き出すパティキュレートを胸一杯に吸い込みながら、田んぼに出る。
秋に耕してあったので、地面はふかふか。これなら水を引き込んで「荒掻き」が出来ると判断。
コンクリート製の水溝にあて板を渡し田に水を導き入れた。
ところが水が入ってこない。
トラクターの尾部にはローターと呼ばれる装置が付いている。中心の回転軸から円心状に刃が生えており、地面を切り裂き、耕すようになっている。
このローターは常に車体を前進させる方向に回転する。当然切り裂かれた土砂は後方に飛散。
特に田んぼの角では一度ローターをあげて、車体を旋回させて、再びローターを地面におろす必要がある。
鋭角的になればなるほど、ローターを降ろした所の土が削られ、後方に押しやられてしまう。その土が積もりつもって水門の出口を塞いでいたわけだ。
トラクターのエンジンを停め(ディーゼルだからキーをオフにしても回り続けるので、デコンプレバーでエンジンの圧縮を抜いて停める)、
スコップ片手に土方仕事。
一時期バイトで日雇い人足をしたとき、本職の西成(大阪のドヤ街)のアンコ(日雇い労働者)に「筋がいい」とほめられたが、
子供の頃から農作業に従事していた身の上だけに、何とも複雑な気持ちになったことを思い出す。
ここでは子供も立派な労働力。ただ飯を食らわせてはもらえなかったのだ。
都会でも商売家の子供なら家業の手伝いをする機会も多いだろうが、サラリーマン家庭では家事手伝いぐらいであろう。
ところが農家では、子供もちゃんと労働力の頭数に入っている。
幼稚園児のころから田植え・稲刈りはもちろん、草刈りだの溝掘りだの手伝わされてきた。
土方仕事の基本は子供の頃から出来ているのだ。もちろんトラクターも、小学生(免許なんかもちろんない)の頃からハンドルを握っていた。
えっちらほっちらスコップで、高く盛り上がった土を低いところに投げ飛ばす。母親も手伝ってはくれるが、膝の調子が悪いため頼るわけには行かない。
どうにかこうにか水が入りかけてきたが、あまりにも水量が少ない。
「反対側の用水路に導水パイプが沈んでいるはず」と、父親。
「明るければぼんやりながら明暗程度の違いはわかる」というので、戦力外ながら田んぼに連れてきていたのだ。
どうやら昨年の台風シーズンに流されたものでらしく、溝の深い所にもつれて絡まっている。
溝につかりながら、経年変化でかたくなり、押し流されてもつれあい、水が詰まってくそ重たいパイプを引きずりあげる。
めくらと膝痛の両親が力を合わせて協力してくれて、片方の端を田んぼにのこし、もう片方の端を上流へ。
言葉ならたったこれだけ。この作業に2〜3時間費やす。
「トラクターで引っ張れば?」と思うでしょ?。それをやると、経年変化で硬化したパイプはその場で粉砕。後の祭りの後悔先に立たず状態に。
何とかパイプからも水が入るように段取りをつけて、気がつけば昼。昼飯をかきこみ、ビールを一缶。
午後からは残りの田んぼの溝切りに終始。気がつけば夕闇が迫っている。
本日の農作業はこれにて終了。
クタクタぢゃ
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