メールマガジン「洛中いぬ道楽」のページ vol.2
      ( 好 評 配 信 中 )



●第11話:乗り物バラエティ

吉田愛犬病院へは、それから3日間はダンナの都合がついたのでうちの車で行 ったけど、5日目は私1人だったのでタクシー。車を止めて「犬連れてますけ ど、大丈夫です?」と聞くと、犬好きの運転手さんらしく快く乗せてくれた。 助かった〜。
病院に着き、いつものようにぱるぷんてを診察台にのせる。こいつ、私が一人 と知っての狼藉か、いつもよりきつぅ暴れた。
「奥さん、しっかり押さえててくださいよ」
先生にそう言われて、もがく子犬をぎゅぅっと持つと、返す刀で思いっきり私 の腕に爪を立ててくる。みるみる両腕には真っ赤なみみずばれ。痛いっ、けど いま手を離すと注射針が折れそうなんで、じっと良い子で耐えた。そやから、 注射液が太い針からなくなったとき、ぱるぷんて以上に私はほっとした。
ぱるぷんてを降ろして腕を見ると、まあ、8本ほどついた筋には血までにじん でる。浮気がバレたダンナさんって、こんなかなぁ。「これって痛いな、ええ 手やなぁ」と思いながら、子犬を買い物籠にしまい、またタクシーを拾う。 帰りのタクシーも、わりと気持ちよく乗せてもらえた。ほっ。

6日目。昨日は休日診療でいつもより2000円高うついたんで、倹約して京 福電車で行くことにした。京福電車は、市街から太秦を通って嵐山まで通じて いる路面電車だ。なつかしい風情で、旅人でなくても旅情を誘われる。
我が家は始発の四条大宮駅まで歩いて10分足らず。駅の窓口で買い物籠を見せると、手荷物料金を払えばOKとのこと。仕事を早 めに切り上げ、夕方のラッシュ前に乗ったけど、それでもだんだん乗客が増え てくる。買い物籠に布をかぶせて目立たないようにしてたのに、ぱるぷんては 初めての電車が珍しいのか、ひょこひょこ顔を出す。体重に変化はないけど、 注射のおかげでだんだん元気を取り戻しつつあるので、子犬らしい落ち着きの なさが出てきてるのだ。こりゃ、モグラ叩きに使えそう。
おしっこをもらさないのと、キャンキャン鳴かないことだけが幸い。犬好きな 人は目を細めて見るけど、そうでない人もいるので冷や冷や。太秦駅までほん の15分ほどが、長〜く感じられた。

太秦駅というのは、三条通りの広隆寺をはさんで向かい側にある。すごく不思 議な駅で、駅のホームというか乗降する場所に民家が数軒建っている。うち、 1軒が布団屋さん。なんでも電車が通るより前から家があり、三条通りが狭い のでギリギリに駅を造ったらしい。かつて一度だけ、そこから出てきた人が電 車に乗るのを見たけど、「玄関あけたら2秒で電車」という、サトウのご飯も 真っ青の便利さ。けど、うるさいやろなぁ。

さて、ぱるぷんては回復めざましく、下痢も止まった。
「こんな子犬が重い下痢になると、死ぬこともある。この子はもう大丈夫やけ ど、危ないところやった」
と言いながら、先生は治療食の缶詰を出してくれ、缶を開けてぱるぷんてに匂 いをかがせる。もう食欲が戻っているのだろう、すんすんと嗅いですぐに口を 突っ込もうとする、ぱるぷんて。先生はあわててふたを閉じ、「帰ったら、カ レースプーン1杯から、少しずつ量を増やしてやるように」と、缶を袋に入れ てくれた。
この日を最後に栄養注射は終わりになり、ぱるぷんては『ぼっけえ、きょうて え』状態から解放された。我が家の家計も快方に向かうだろう。
めでたい、ありがたい。
先生にも感謝しながら、子犬を買い物籠に詰め込み、帰りはちょうど広隆寺の 前に停った京都バスに乗った。すいていたので乗ってすぐ前に行き、運転手さ んに子犬を見せると、無言でうなずく。あ、ええ人みたい。降りるときも手荷 物料を払おうとすると、笑って手をふり「いらん」と言ってくれた。
●第12話:犬を噛む

2月21日。この夜、犬のお茶碗にスプーン1杯の缶詰を入れてやった。あっ というまに食べてしまう、ぱるぷんて。まだまだほしそう。やりたいのをぐっ とこらえて、ハチミツを溶かしたぬるま湯を飲ませてやる。吉田先生に、ハチ ミツは整腸作用があると聞いていたから。
翌日から餌の量を増やしてやる。はじめの2〜3回は喜んで食べてたのに、よ ほどその治療食がまずいんか、お茶碗を出してやってもいやいやをして食べんようになった。薬も混ぜてあるし、しかたがないからダンナがムリやり口をこじ開 け、私が餌を放りこむと同時に、ダンナが「パタッ」と口を閉じる。そのままでは、「ニョリニョリ〜」と上手に口の脇から餌を出してしまうので、喉をさすって飲みこませる私。見事な連係プレイ。
けど、ハチミツだけは喜んでなめる。いまでも甘党やけど、どうも その嗜好はこの時についたらしい。

それから4日経ち、また吉田愛犬病院に行く。餌を嫌がることを告げると、新 しいものをくださった。餌が悪い時や古い時も下痢することがあると言われたので、家に帰り、五条のペットショップで買うたうさんくさい餌はすぐほかした。
新しい餌は缶を開けた時のにおいもおいしそう。お肉のにおいがする。お茶碗 に入れてやると、ちょっとクンクンしたあと、すごい勢いでたいらげてしまっ た。それからは食欲モリモリ、普通の餌に切り替えもスムーズに行き、あきれる ほどのがっつき犬が誕生することになる。

ぱるぷんての食事は、1日4回。朝・昼・夕方は時間を決めてやるが、夜は私 たちが夕食を食べるのと同時である。いまでは、私たちが席に着くまではお茶碗を前に待たせておき、人間の夕食が始まるまでお預けやけど、このころは先 に食べさせていた。
ある日、私が夕食をテーブルに並べてると、ダンナがぱるぷんてに餌を入れた お茶碗を持って行く。小屋からいつもの定位置に、喜んで駆け出してくるぱるぷんて。(こう書くとごっつう広い家みたいやけど、実は台所・テーブル・小 屋・餌の場所は、ほんの数十センチのところにある)
ぱるぷんてをお座りさせ、しゃがんでお茶碗を前に置くダンナ。まだきちんと座れず、横にくずしたお姉さん座りがかわいい。ぱるぷんては「待て」を覚え たばかりで、けなげに待っている。
「よしっ!」とダンナが声をかけるやいなや、お茶碗に顔を突っこむぱるぷん て。ダンナは「ぱるぷんて〜おいしいかぁ〜」と、上機嫌で声をかけている。 と、その次の瞬間「いたあっ!!」

びっくりしてふりかえると、ほっぺたに血がにじんでるダンナ。声をかけながら、顔をお茶碗に近づけたらしい。・・・・・あ・ほ。
子犬の歯は爪と同様、とがってて痛い。皮膚に簡単に刺さる。どう見ても、食事中のお茶碗に顔を突っこむダンナが悪いと思うけど、ダンナは上機嫌から一 転、すぐさま子犬をむんずとつかまえ、顔にかぶりついた。目には目を、歯には歯を、である。おお、うちのダンナはバビロニア帝国の末裔やったんか!
「キュワン、キュワン」と悲鳴を上げたところを見ると、唇?のびろんとした とこをかなりきつく噛んだらしい。ぱるぷんては、すっかりおびえている。
それから、お茶碗にわざと手を入れたり、私たちは食事のじゃまを時々するよ うになった。ぱるぷんては学習したらしく、おとなしく困った顔で、なすがまま。発端はとばっちりめいてちょっとかわいそうやったけど、スパルタ教育は 成功したようだ。

●第13話:恐怖のデザート

ぱるぷんてはすっかり元気になり、よく動くようになった。
小屋にしてある段ボールは、四方がビリビリ。犬にとっては『角』のほうが噛 みごたえがあるらしい。ある日、2階にぱるぷんてを残して1階で仕事をして いると、上でゴリゴリ音がする。なんか、あやしい音や。段ボールじゃあなさ そう。すぐに上がってみると・・・戸のへりがかじられてる。
それからは、椅子の脚、机の脚、柱、見事に家中の『角』をせめられた。
ううむ、こいつは将棋さしか?!
こういう場合、現行犯でないとしかっても効果がない。犬はその場ですぐしか らないと、「この行為に」「怒られてる」「これはあかんことや」という因果関係が理解できず、怒られたことだけが頭に残っていじけるそう。そやから何度も「くそっ!」という思いで、ボロボロの家具の横で涼しそうな表情のぱるぷんてを眺めたものだ。電化製品のコードに興味を示さないことだけが、唯一 の救いやった。

そして・・・。ぱるぷんてのワクチン接種はまだやった。そやから散歩はおあずけで、排泄は家の中。お風呂場の前にシートを敷いてさせていた。おなかの調子はすっかりええ。けど、今度はうんこをちっともせんようになった。
「とうちゃん、ぱるぷんて、うんこせえへんなぁ」
「うん。けど、なんとなく、それらしい跡はシートについてんで」
「えっ・・・ひょっとして・・・」
ダンナと二人、思わず顔を見合わせる。
「こいつ、食べてんのかぁ?!」
ガンをとばしたが、ぱるぷんては何事もなくすました顔をしている。

数日後、ぱるぷんてがご飯を食べ、ほどなくシートのほうへ歩いていくのを見 て、そっとあとをつけた。腰をやや下ろしかげんにして、しっぽを少し左に傾 け、前足をふんばる。あ、出そう。
すぐに親指ほどのものをひり出し、臭いをかいでいる。そして、当然のように 「パクッ」とくわえた。
「うわぁ、やっぱり食べてるぅぅぅ! なんちゅうやっちゃ〜」
すぐに口をこじ開けてうんこを吐かせ、洗面台で口に手を突っこんで洗ってや る。「ぴい〜」と鳴いて抵抗するが、私だっていやなのだ。
そういうことが何回かあった。不思議なことに、あんだけおなかをこわしたく せに、自分のものは平気らしい。たまにちゃんとしてあると「ふうん、これが うんこのうんこかぁ。それほどカスカスでもないなぁ」と、妙な感慨にふけっ たもんである。永久機関みたいに、これを繰り返すとどうなるんやろ。

また別の日。ダンナと晩ご飯を食べていた。お酒を飲みながら肴をつつき、一日で一番ほっこりする時間である。と、ご飯を終えてくつろいでたぱるぷんてが、小屋から出てシートのほうへ歩いていく。楽しく晩酌する私たち。
ほどなく、シートのほうから「みちゃッ、みちゃッ」と音がする。思わず二人 顔を見合わせ、同時に「ぱたり」と箸を置く。あとは椅子を倒さんばかりの勢 いで、シートに駆け寄り、ぱるぷんてを洗面台につかみ上げるダンナ。とんだ デザートを片付ける私。騒動がすんで食卓に戻っても、げんなりだ。

犬の育て方の本には『すぐ片付けるように』と書いてあるけど、いつも監視しているわけにもいかない。困り果ててまた、吉田愛犬病院へ。私たちは、すっ かり常連さんである。先生は「カルシウムが足りないんかもしれない」と、マ ローという骨髄のパウダーを処方してくれた。これをやると、うんこがくさく なり、食べなくなるという効果もあるとか。
それから数日して、本当にぱるぷんての困った嗜好は止まった。ただし、うんこがくさくなるのも本当で、お風呂場の前はいっそう臭うことになった。
今では、散歩中に、「お前、子供のころ喜んで食べてたんやで」と取った うんこを鼻づらに近づけてやると、「やめてくれよ〜」と迷惑そうな顔をして 鼻をそむける。けど、彼にはとんでもない過去があるのだった。

●第14話:ぱるつり

犬を飼いはじめると、生活のリズムが変わる。ダンナは勤め帰りにパチンコや立ち呑みに寄ることもなく、まっすぐ帰ってくるようになった。けど、寄り道 しなくなって浮いた小遣いは、ぱるぷんてのおもちゃ代に流れたようだ。(私には、何も買って帰らなかったが)
ところがペットショップに並ぶかわいいおもちゃは、だいたい小型犬用であっ た。リポビタンDを飲んだケイン・コスギのように、思いっきり元気回復したぱるぷんては、暴れる、はぜる。本能を爆発させた時の彼を相手に、無傷のまま残るおもちゃはまずない。ネズミの形をして鈴が入ったおもちゃなんか、箱 から出して30秒で原形がわからんようになった。
これではいつまでたっても呑み屋には寄れないと、ダンナは鉛筆ほどの太さの綿ロープを買うてきた。20センチほどの長さで10回ほど折り返し、両端を 少し残してグルグル巻き、きつう縛る。残した両端を切って房状にほぐし、お手製“カミカミ”の出来上がりだ。余ったロープの先にそれをくくりつけ、ぱるぷんての目の前でクイクイと引っ張る。魚釣りの要領でロープの引き方を工夫すると、おもしろいようにぱるぷんては釣れた。

“カミカミ”をふると、目の輝きが変わる。そして、肩をいからせ、頭を低く構える。しっぽが左右に激しくゆれる。典型的な遊びをいざなうポーズ。全身のバネを圧縮して跳躍に備える姿は、チビ助のくせになかなか凛々しい。
ロープを、手首のスナップを利かせてちょいと引く。ぴくりと“カミカミ”が 動いた瞬間、肉球のクッションでしなやかに床を蹴り、“カミカミ”に襲いか かる。前足で押さえこみ、ガブリと噛みつき、しっかり加え直してブルブルふ り回す。いったん噛みついたら、なかなか離さへん。ロープを引っ張ると足を ふんばって、取られんとこうと抵抗する。
そこで、ロープを手に巻きつけて“カミカミ”ごと宙づりにする。前足が、そ して後足が床から離れても、まだくわえてる。ちょうど釣り師が、釣果をぶら下げて見せるような格好になる。いつでもどこでも“カミカミ”さえあれば、 『ぱるつり』を楽しむことができた。ダンナも、クレーンゲームより手軽で確 実に獲物が取れるこの遊びが気に入ったらしく、こう言いながら熱中した。
「こいつ、ブラックバスより頭悪いんと違うか?」

そして、“カミカミ”の次に夢中になったのが“パタパタ”やった。
数ある掃除用具(あまり使ってはいないのだが)の中でとりわけ気に入ったのが、オレンジ色したふわふわの毛ばたき。ぱるぷんての前で、これを使ってテ レビなど拭こうもんなら、すぐ反応して飛びかかってくる。ナイロンの綿毛を テレビからカーテンレールに移動させると、空中に跳ねたまま体をひねって向 きを変える。遊びはどんどんエスカレートし、“パタパタ”を使ってリードしてやれば、ちょっとしたアクロバットを見せてくれるようになった。
部屋の隅に立って、片側の壁の前で“パタパタ”をふると、それめがけてぱる ぷんてはジャンプする。牙が“パタパタ”をとらえる直前、もう一方の壁側に ヒュッと移すと、口惜しそうな表情で“パタパタ”を目で追う。同時に最初目指してた壁を空中で蹴りとばし、体をひねって向きを変え、再度“パタパタ” めがけて飛んでくる。その顔には、遊びの余裕などない。真剣そのものだ。
もう一度ぱるぷんてが“パタパタ”をとらえる直前、反対の壁側に動かすと、 またもや壁を蹴って向きを変える。1度のジャンプで2回向きを変える、空手などの格闘技にある「三角飛び」を披露してくれるのだ。
「すごいなぁ!」
その場にしゃがみこんで頭をなでてやろうとすると、隙を見てすかさず“パタ パタ”に食らいつき、とどめを刺そうとするぱるぷんて。
“パタパタ”への執着は強く、口を無理矢理こじ開けて取り上げなあかんかっ たほどである。結果的に“パタパタ”で遊ぶことで、人が口に手を入れても抵抗しないように訓練することができた。また、歯磨き効果もあって歯もきれいに保てた。けど、ナイロン繊維を口に入れるのは体によろしくないので、これはぱるぷんてをほめてやる時の「とっておき」としてのみ使うことにした。

●第15話:クロのこと・その1

3月6日、ダンナは友だちの結婚式で田舎に帰ることになった。もう、ぱるぷんてと二人きりにも慣れてるので、私はへっちゃら。笑顔で見送った。そして 翌日、ダンナは帰るなり2回に駆け上がり、喜んで寄ってくるぱるぷんてとヒ シッと抱き合い、顔をよだれだらけにされながら、だらしなく目尻を下げ口を 開けて「ぱるぷんて〜ただいま〜」とやっている。ひさしぶりの帰省より、よっぽどこいつのほうが大事みたいやった。
着替えてぱるぷんてを膝の上にのせ、ビールを飲みながら、ダンナはぽつぽつ昔の話をしてくれた。なんでぱるぷんてがそんなにいとおしいか・・・私にも よおくわかった。
ここからは、広島の山奥に育ったダンナの昔話(前編)である。ダンナの話なんで、一部広島弁である。

ワシは、子供のころ犬が怖かった。近所で犬といえば猟師の飼う猟犬か、そのころ流行ってたスピッツで、どっちも子供が近づくと牙をむいて吠えたてた。臆病で泣き虫でチビやった当時のワシには、とてもお近づきにな れる代物とちごうた。犬のいる家に行くのは、夜中に墓場を歩くのと同じくら い。ギャンギャンまくしたてられ、ピィピィ泣いたのを覚えている。
小学4年ごろから、身体はむくむく大きなったんで、すでに犬は怖い存在ではなくなっていた。友だちの家で飼われている犬を押さえつけ、マジックで顔に 落書きしたり、棒にしばって担いだり、石垣の上から背中を押したりして遊んでた。そんなにしててもワシの顔を見ると、うれしそうにしっぽを振る“犬”とい う生き物が、だんだん好きになってきた。
ある日。小学校から6kmほどの山道をたどっての帰り道、黒い子犬がポツンと道の真ん中に座りこんでいた。
給食の食べ残しパンをランドセルから出して子犬の前に投げてやると、しばら くクンクンにおいをかぎ、小さな口いっぱいにくわえて草むらに隠れた。
「食うだけ食うたら、行くんか?」
むっとして、草むらに小石を投げつけ山道を帰りかけた。
何かがうしろをついて来るような気がしてふり向くと・・・。さっきの子犬が、少し離れてついて きてる。目が合うと、砂利の浮いた山道の真ん中にぺたりと座りこんだ。
「うちに、来たいんか?」
しっぽがぷるぷる揺れている。抱き上げると、日向のにおいがした。

「賢うしとれよ、晩なったら飯ゅう持ってきちゃるけぇの。寂しゅうても鳴いちゃぁいけんので。ばばあに見つかったら、おめぇを飼うちゃれんようになる けぇの」
子犬の首に締まらないよう気をつけながらロープを巻き、物置小屋の隅につないでおいた。家族に気づかれないようにムシロや農機具を積み上げ、目隠しするためのバリケードを作った。工作するとウソをついておふくろから古い洗面器をせしめ、水を入れてそばに置いてやった。

「ああちゃん(兄ちゃん)、ほんまに咬まん?」
5つ下の弟にだけは、こっそり子犬を見せてやった。
「むげぇことせにゃあ咬みゃぁせん。こうやって撫ぜちゃりゃあ喜ぶんじゃ。 こりゃあ、めん(雌)じゃけぇおめぇの妹じゃ。ワシらでかぼうちゃらにゃぁいけんので」
「ワシゃあ、ああちゃんになったんか?」
虫歯だらけの口を大きく開けて、弟が笑った。2人だけの秘密の宝物を手に入れたのだ。

●第16話:クロのこと・その2

けど、秘密はひと晩も持たんかった。
「口がちぃた(ついた)生きもんは、うちじゃあ飼うちゃいけん!」
当時は、戦時中から3人の子供と姑を女手一つで養ってきたばあちゃんが、我 が家のドンだった。ドンの決定は絶対である。口答えは許されない。ましてや小憎たらしい悪ガキの言いぶんが、通るわけなかった。
「牛にゃあ口がちぃとらんゆうんか、くそばばあ!」(そのころ、うちでは牛 を飼っていたのだ)
「かばちゅうたれな(バカなことを言うな)!犬みてぇなもなぁ分限者(金持 ち)の飼うてのもんじゃ」
生まれてこのかた、首に何かを巻かれたことのない子犬にとって、ロープはつらかったのだろう。咬みちぎろうと必死になって暴れているところを、よりに よってばあちゃんに見つかってしもうたのだ。黒い子犬は放たれ、そして次の日、同じ集落の老夫婦に拾われた。

犬は3日飼うと恩を忘れないというが、『クロ』と名付けられたその犬は、放 し飼いされていたので時々うちにも遊びに来た。たった1日だけの飼い主も、 ちゃんと覚えていてくれたのだ。
「クロ!遊びぃ来たんか?」
田んぼ仕事の手伝いをしていると、どんな遠くからでも勢いよく駆けて来る。 小柄な黒い体をワシの足にこすりつけ、ごろりと横になってお腹を出す。言葉 をしゃべるわけでもないのに、心が通じる何かがある。
「よしよし、腹ぁ掻いてほしいんか?」
掻いてやると、うっとり目を細めながら後足で宙を蹴る。
「母ちゃん、クロに菓子ゅうやってええか?」
「せぇじゃあ、うちらぁもちぃとの間ぁ、お茶でもよばりょうかのう」
みんなで一服。実はおふくろも犬が好きだった。
あぜ道におふくろが置いた籠の中から、茶菓子の包みを引っぱり出して膝の上 に載せると、クロは必ずお座りして、ワシの動作をじっと見つめていた。まん じゅうやせんべいなど中身はおりおりに変わったが、いつでもクロは賢くお座 りしてじっと待っていた。お菓子のかけらをぽんと投げてやれば、しっぽをふ りふり、かけらを追いかけていった。自分では飼えない引けめを感じながら、 ワシはクロに愛着を感じていた。

それから10年近く経ち、ワシは東京に出た。
「小原のクロぁ、まだ元気にしょーるんかのう」
盆休みを利用して帰省したときのことだった。久々に家族との団らんを持ち、 互いの近況を語り合ううちに日も暮れてくる。ビールの酔いもまわるにつれ、 ふと思い出して聞いてみた。もう、あれからずいぶん経つ。クロもすっかり年老いたことだろう。
「あんたぁ知らんかったけーの?クロぁハミぃ(マムシに)咬まれて、とうに 死んだんで」
普通、犬はマムシに咬まれたくらいでは死なない。しかし、クロは老犬のため体が持たなかったらしい。
クロと出会ったあの日のことが、一気によみがえってきた。そのとき飲んだビ ールは、ひときわ苦かった。
●第17話:はじめてのお散歩

2月22日に2.5kgだったぱる(もう、面倒くさいのでフルネームを呼ばな くなっていた)は、3月2日には2.9kgになり、9日には3.1kg。と、こ こまでは微増という感じだったが、その後はもくもく大きぃなった。3月15 日から6月に入るまで、ほぼ1週間に1kgのペース。まるでバブル時の吉野家 みたいに急成長した。毎週1回、うちに来るアルバイトさんが連休をはさんで 3週間休み、久しぶりに来た時なんか、
「へぇ、これぱるかぁ?信じられへん、別犬みたいや!」
と、びっくりしたくらいである。ほんまに、飼い主でもはっきりわかるほど急激に大きなった。毛皮の中で何かが増殖してるような・・・。一晩寝て、明くる朝に見るとなんとなく成長してる、そんな感じがするほどやった。

1回目の予防接種(ちなみに吉田愛犬病院は、くだんのぼったくり獣医の半額 だった)もようやく済まし、遅ればせながら散歩に出ることになった。はじ めての散歩は3月15日。もらってから1カ月ちょっとが過ぎていた。
ダンナと二人して、新調したリードをぱるにつけてやる。ぱるは“カミカミ” のロープと間違えたのか、リードに食いついてきた。そうするとつい、釣り上 げたくなるが、ガマン、ガマン。
「こらこら、これはおもちゃとちゃうでぇ」
と言いながら口からリードをはずし、ダンナが持って表に出た。ぱるは不思議そうにリードを引っ張り、ダンナに引っ張り返されてよたつく。まだ足取りは危なっかしい。チョコチョコ小走りしながら、あちこちのにおいをかぎ、立ち止まって首をかしげる。その顔が、子犬なのに分別くさいのがおかしい。
家の前の道からすぐ北にある小さな公園、そして大通りに出てみた。ぱるは見 るもの(におぐもの?)すべてが、珍しいみたい。けど、向こうからよその犬 が来ると、ぶるぶるふるえて立ちすくむ。向こうが興味を示して近づいてくれ ば、その場で石化する。私らのうしろに回って、においをかがせようともせえへん。箱入り息子(ただしダンボール箱)で、よその犬よりお散歩デビューが 遅れたせいなんか・・・。私らは、このまま臆病な犬になってしまうんでは、 と心配した。

しかぁし。犬は飼い主に似ると言う。私ら夫婦は、自他共に認めるイチビリで ある。そこの犬が世間をこわがるはずはない!と夫婦で納得しあい、こりずに 朝晩ぱるを連れ出した。このころはしっこもうんこも量が増えていたんで、な んとか外で済ましていただきたい、という願いもあったんで。
そして散歩3日目。公園に行くと、すみっこのほうで2、3度回り、「チー」 としっこをした。まだ足は上げへんけど、2人で思わず拍手。ぱるはまた、不 思議そうな顔をした。
翌日の夜。京都の街中には、行き止まりの路地や細うて車が通れへんような道 がぎょうさんある。そういう道を探訪するのも、引っ越ししたばかりの私たち にとっては散歩の楽しみで、この日はうちから南に下がった細い道を歩いた。 すると、いまどき珍しい純木造のアパートが建っている。瓦のずれや柱の傾き がはっきりわかる、まさに落語に出てくる『たおれ荘』状態。外塀ももちろん板囲いで、コンクリで固めてないむき出しの地面に直接立てかけてある。雑草も生え放題だ。その塀の前でぱるはせわしなくにおいをかぎ、何度も何度も短 いリードの長さを行き来して、腰を下ろした。これが初うんこ。あまりにも、 初めてしたところが“ふさわしい”場所だったので、私らはうんこをとりながら笑ってしもた。アパートの住人さん、ごめんなさい!

この日はそれから、ジャッキー君というコーギーと合った。ジャッキー君は吠えないで、無いしっぽを一所懸命ふりながらぱるに近づいてきた。ぱるはまた逃げるかと思たのに、その時はじっとしたままお尻のにおいをかがれていた。
あ、ぱるがしっぽふってる!
それから2頭は少しじゃれ合った。ジャッキー君を連れているおばちゃんも愛想のいい人で、このころはまだ珍しかったコーギー(しかも白茶色じゃなく、 シャパードみたいな色)をほめるとニコニコしながら、犬の話をしてくれた。 温厚なジャッキー君とその飼い主のおかげで、これ以降ぱるは物怖じせえへん犬になった。それどころか、人にも犬にも、むちゃむちゃ社交的になった。
●第18話:いまそこにある獲物

3月23日、ひさしぶりにぱるを車に乗せ、買い物に出かけた。
ぱるは、ありがたいことにまったく車酔いせん犬やった。初めて家に連れ帰っ た時から病院通いの日々も、慣れた様子で乗っていた。むしろ車が好きみたいで、窓を少し開けてやると入ってくる風のにおいをひくひくかぎ、その変化を 楽しんでるようだった。2シーターの車やから、2人が乗ればシートと窓に挟 まれたわずかなスペースが彼の場所。そこに伏せの形で座り、シート越しに顔 を突き出して窓のすきまに鼻を近づける。それを後ろ手でなでてやるのは、ふわふわして心地よかった。
この日は、ぱるを連れていく必然性もなかったのだけど、まあドライブがてら ということで、5kmほど離れたホームセンターへ向かった。ぱるを車に残した まま買い物をすませ、30分ほどお茶を飲んで戻ってくると・・・。
彼はシートに座り、ヒイヒイ鳴いていた。しまった。車にぱるを残して外に出 たのはこれが初めて。慣れないできごとにすっかりあたんしたんだろう、私の座席でしっこまでちびっていた。

せっかくドライブに、というぱるへのサービス精神があだになった。この日は ぱるをどついて、ぞうきんを座布団代わりにすぐ帰り、しばらくはかしこう留守番させておこうと思った。ところがその2日後、私の父が倒れて病院に入院 し、明くる日さっそく見舞いに行くことになった。
いやな予感はあったけど、車での留守番に慣れさせるのも訓練ということで、 またぱるを乗せて2人で出かけた。そして病院の駐車場に車を停め、病室に入った。幸い父の症状は大したことがなく、そこにいた母と4人で雑談している と、窓越しに犬の鳴き声が聞こえてくる。けっこう大きい声だ。ギャンギャン鳴いて、しばらく静かになり、またギャンギャンやってる。これは迷惑になる ということで、見舞いも早々に駐車場に戻ると・・・。
彼はまた私の座席に陣取り、熱心に車をかじっていた。
すぐさまぱるを引きずり出し、噛みつくダンナ。車を点検する私。窓のパッキ ンのゴムはたれ下がり、ドアパネルのクッション部分に穴が開いていた。車は文句を言わないし、適度に噛みごたえもある。食感の違うパーツがあれこれあって、さぞ楽しかったに違いない。ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家みたいなもんか。私用でしか乗らんし、2人の休みがなかなか合わんので、1 年前に買った車はまだピカピカやったのにぃ。一気にボロ車になってしもた。

さて、私の母は、独身時代は父親と2人の弟と暮らしていた。上の弟は、しょ っちゅう猫を拾ってきたそうだ。そんなだから家中、猫だらけで、世話のたいへんさやにおいにまいってたとか。結婚してからも、うちの実家近くにはやたら噛む犬や吠えまくる犬、臭い犬が何頭かいた(それで私も犬が怖かったんやけど)。おまけに丹精こめた植木に、のら猫がうんこして枯らしてしまうことなどもあって、母は動物嫌いやった。
そんなんで、私らが新居に引っ越したとたん犬を飼ったとあれば、どんな反応をするかちょっと恐ろしかった。ところが、ぱるを飼ってほどなく、両親が我 が家に来る用事があった。「こんにちは〜」と上機嫌で玄関を開け、2階に上 がってくる両親を、ハラハラドキドキしながら迎えると・・・。そこにいた白い子犬を見たとたん、「いやぁ犬、飼うたんかぁ。いやいやいやまぁ〜かいら しいやんか〜」とでれでれ近寄って、毛がつくのもかまわず抱き上げた。あっけにとられる私。父は もともと好きなほうなんで、こちらもにたぁっとしている。
京都のおばはんは外面がむちゃくちゃいいのだが、うちの母も典型的な京都人である。ダンナの前やから、内心何を考えてるかわからんけど愛想だけはいいのかとも思ったが、このかわいがりようは本物やった。ぱるが目の前で下痢便をちびった時も、「いやいやかわいそうに〜」といやな顔せず片づけ、家中の噛み跡にも今度の車かじり事件にも、「あらあらぱるちゃん、あかんえ〜」の一言ですませたんである。
昔はごっつい頑固者で癇癪持ちやった父も、子犬にまとわりつかれて相好をくずす。それから何度か病院に連れて行き、表で『アニマルセラピー』することもあったが、いつもすごく喜んだ。どうやらぱるは両親にとって、娘夫婦よりもかわいい孫になったようであった。

●第19話:人は訓練されて飼い主になる

4月2日。2回目の予防接種が済み、すっかり体格が良くなったぱるのために小屋を買うてやることにした。もう段ボール箱は、下に敷いてあるのも寝るための深いのもベリベリで、箱男にはなれない状態。ただでさえ安普請の我が家に置いてあると、たまらんみすぼらしいこともあったんで。
6日に折り込まれていたチラシを見て、ダンナはホームセンターに走った。サ イズをよう確認してへんかったんが失敗で、ブツは組み立てる前やのに、とんでもなくデカかった。家に帰ってきたダンナは、まだ寒いのに車の幌を全開に して、シートにパッケージをビニールヒモでぐりぐりにくくりつけ、とてもナイスなオープンカー・スタイルで帰ってきた。
「かあちゃん、お前ちゃんとサイズ確認せえよ。なんぼカッコ悪かったか!」
「そんなん知らんやん。とおちゃんかて、チラシ見てたんやし」
ブチブチ文句を言いながら箱を下ろし、中身を出すダンナ。
特売価格・税込み6150円のわりにはけっこうしっかりした小屋で、ブルーの三角屋根を白い箱部分にかぶせる形になってる。これなら掃除もしやすそう。さっそく2階で組み立ててやると、ぱるは中に入ったり出たり。楽しそうに遊んでいた。どうやら気に入ったらしい。

しかし、『ステキな一戸建』の寿命は短かった。ほどなく歯の抜け替わりがは じまり、ぱるはまたあちこちを噛みまくった。小屋の縁や出入り口はギザギザ にしがまれ、そこに抜け毛がからまって、ものすご汚らしい。白い部分も薄汚 れてきた。おまけに、混ざっている犬の性質か、ぱるは大きいなるにつれ体臭が強なってきた。雨の日など「もわぁ〜ん」と犬臭いにおいが漂う。それが小屋に敷いたバスタオルにこもって、すさまじい。
ボロボロの段ボールを片づけ、我が家では唯一すっきりしてる(はずの)リビ ングが、入ったとたん臭くて汚い小屋が目につく、きちゃないスペースに逆戻 りしてしもた。

せめてにおいだけでもなんとかしようと、ときどきお風呂に入れるが、ぱるはものすごイヤがった。いまでもそうやけど、散歩せんとお風呂に入れたら、放尿脱糞することもあった。どうも顔を濡らされるのがイヤらしい。物覚えのい い犬なんで、「おやつ」「ご飯」「お散歩」の『三大楽しい言葉』はもちろん、 「お医者さん」「お風呂」もすぐ覚えてしまった。そやからうっかり犬の前で服を脱いだり、「お風呂」という言葉を発すると、すぐ1階に避難するか小屋にもぐりこんでしまう。小屋から身を乗り出している時に「お風呂」なんて言えば、すぐさま引っ込む。おまえは、サザエか。
しかも、上がったあとはごっつい興奮する。一度、ぱるをお風呂に入れたあと 2人で出かけたことがあったが、鳴いて掃き出し口の窓をたたき、勢いで鍵がはずれそうやったと、向かいのクリーニング屋のおじさんが教えてくれた。そ れ以来、私らはぱるをお風呂に入れたあとで出かけないよう気をつけた。

もうひとつ、失敗がある。それは階段の上り下り。狭い我が家では、子犬は2階でしか飼ってやれなかったんで、ぱるに階段の上がり下りを教えた。上がるのはすぐ覚えたが、下りるのは怖いらしい。犬の目線では、すごい急峻に見えるんだろう。私らは前足を持って一歩ずつ、下りかたを教えた。ぱるはふるえながらも、懸命にマスターしていった。
1週間くらいして外出から帰った時、鍵を開けていると扉の向こうから「とすん、とすん」と、1段ずつゆっくり下りてくる音がした時にはうれしかった。 しかし、犬の骨格は上下運動には向いていないので、腰を痛めてしまう。現にいま、犬の世界でも食生活の変化から成人病や痴呆症が、そして住環境の変化 からヘルニアが増えているそうである。私たちがそれを実感したのは、ぱるが4歳になってからだった。
(なんかこうやって昔のことを思い出してると、子犬を訓練するつもりが、す っかり私らが学習さされていたようである。学習は、これ以降もまだまだ続く。ああ、情けない)

●第20話:外犬になる

お風呂の話にはまだエピソードがある。HPにもUPしてるが、ぱるは「呪い」をかけるのだ。お風呂にいれようとすると、雲行きがどよよ〜んとあやしいなってくる。無理やり入れたら、すぐに雲が広がって雨粒が落ちてくる。で、 せっかくきれいに洗ったぱるは泥んこになってしまう。
2人で出かけようとしたら、また雨が降ってくる。2人でご飯を食べようと、 自転車で出かけたとたん雨が降ってきて家に戻る。ぱるは大喜びでお出迎え。 そんなことが続いた日には、
「あいつ、これ、どう思てんにゃろ」
「きっと『新しい遊び』やと思てんで」
「くそぉ〜腹立つなぁ」
という会話を交わしたもんである。2人が思い立つ日が悪いせいもあるにゃろけど、とにかく雨が降るのだ。まったく、ええことはせえへんくせにぃ!
そういう時のぱるを見ていると、ごろんとあおむけに寝っころがり、両手(前足?)でマズルを挟むようにして前後に動かす。本当に、手を合わせてご祈祷 してるみたいだ。ときおり口をうっすら開けて「あ〜ん」とかいう声を上げるんで、真に迫っている。偶然だろうが、気持ち悪い犬や、まったく。
それ以来ダンナと私は「こいつ、ぜったい腹にどす黒いもん飼うてるで」と、 言うようになった。

さて、どんどん大きいなるぱる。5月の初めには11kgになっていた。いたず らも抜け毛もにおいもひどうなるいっぽうやのに、お風呂は警戒される。たま りかねて3回目の予防接種が済んでから、ぱるをガレージへ出すことにした。 といっても狭い家、ガレージも家の一角である。その縦面いっぱいいっ ぱいにワイヤーを張り、チェーンを通してぱるをつないでみた。
最初はワイヤーの間しか自由がきかん勝手に慣れず、キャンキャン鳴いた。け ど、毎日少しずつつなぐ時間を長くしているあいだに慣れてきた。こいつはなんでも慣れるのが、ほんま早い。
掃き出し口から廊下には上がれるし、そこでごろんと横になれば1階の私らの様子もわかる。表の道路は商店街や小学校に通じているので、人もたくさん通 る。フェンスを開けておけば、小学生や近所の人をはじめ、いろんな人にかまってもらえる。ほどなく家の中にいるより、戸外の刺激的な生活のほうが面白くなったとみえ、一日中部屋に置いておくと、「表に出せ!」と言わんばかりにねだるようになった。そやから4日目には小屋を降ろして、そのまま外で寝かせることにした。

毎日、朝に散歩へ行き、チェーンにつないであとはそのままフェンスを開けておく。実にいろんな人がぱるの相手をしてくれた。ぱるは人も犬も大好きでほとんど吠えへんし、いきなり知らない人がぐりぐりさわっても、幼少のころ『とおちゃんに噛まれた』経験があるから噛みついたりしない。だからまたたく間に、私らよりも近所で有名な犬になってしもた。
散歩の途中、面識のない人たちから「あ、この犬、人なつっこいんやで」とか 「あ、ぱるや」と言ってなでてもらうこともしょっちゅう。誠に外面のいい犬である。
でも困ったのは、小学生が給食の残りをやったり、頻繁に通る犬好きの人がおやつをやること。態度はでかいがお腹は弱いので、下痢ピーになることもしば しば。ほどなく『お腹をこわしやすいので、食べ物をやらないでください』という貼り紙を出さなければならなかった。

表に毛布を敷いてやると、ぱるはそこで寝ながら通りを眺める。けど、すぐに 毛布をぐちゃぐちゃにしてしまう。自分できちんとしようにも、犬は不器用なのでそれができない。ところがやさしい人がいて、ある時、通りすがりにぱる に毛布をかけてくれた。それを知らずにあとから通ったおばあさん2人が、
「いやぁ、この犬見てみ!ちゃんと毛布かぶって寝てるわ、賢いわぁ〜」
と感心して見ている。んなわけないやろ。家の中で笑いをこらえるのに必死やった。

洛中いぬ道楽サンプルページにもどる
バックナンバーvol.3へすすむ
バックナンバーvol.1へもどる
別館トップページに戻る