メールマガジン「洛中いぬ道楽」のページ vol.3
      ( 好 評 配 信 中 )



●第21話:ぱるをひく
いまが旬の枝豆。東海林さだお氏と椎名誠氏は対談で「枝豆はビールのつまみにはもうひとつ」と言ってたが、私は大好物だ。ゆでたてに塩をきつめにふり、 「ぷッぷッ」という感じでサヤを押して豆を口に放りこむ。そういうイベントも楽しいけど、あの青豆独特の、甘さのなかに漂う青っぽい風味がいい。
枝豆は、枝つきに限る。サヤだけを袋詰めした枝豆や冷凍なんて魅力半減。チ クチクする毛をエプロンにこすりつけながら、枝からもいで湯がいてこそ『枝豆』なんや。丹波の黒豆の枝豆も大粒でうまいけど、いまどきは東北の『だだちゃ豆』がいい。すんごく香ばしいてビールがすすむ。
熱湯をたっぷりわかして『だだちゃ豆』を湯がいてると、ほどなく香りが立ち上ってくる。それは、まさに犬の足の裏。日向くさい、土の焼けたにおい、ち ょっとすえたような散歩後の肉球のにおいにそっくりなのだ。『だだちゃ豆』 を湯がいてると、台所にぱるの足の裏のにおいが充満する。ああ、よだれが わいてくる〜。と言っても、彼の足をしがんだりはせえせんけどね。
あ、失礼しました。つい、いましがた『だだちゃ豆』を湯がいてたもんで、一人で盛り上がってしもた!

さて、ぱるは4月ごろから耳が立ちはじめ、5月には完全に両耳ともピン!と立った。立ちかけのころは体と耳のバランスが悪く、キツネみたいに耳ばっか りが目立ったけど、体重が10kgを越えた今ではけっこうりりしい。足も太くて長いし、見かけだけは『ますらお』ぶりを発揮していた。
散歩の距離も増え、二条城を1周するようにもなった。お城は1周2kmほど、 家から外堀までの往復を合わせると4km足らずの散歩になる。春は修学旅行シーズンなんで、観光の人もすごく多い。そこをぱるを連れて歩いてたら、「かわい〜い」と声をかけられるのがうれしくて(親バカ!)よく出かける。なか には「わぁ、京都の犬よぉ〜」なんていう中学生もいたりしておもしろい。
そういえば、ぱるは目の上の眉毛?(丸い出っぱり)がはっきりしていて、お公家さんみたい。一度そこにマジックで点を描いてみたことがあるけど、名前を「まろ」と変えたいくらい似合っていた。(ほほ紅を塗ったり、まつげを描 いたり、白っぽい犬は遊びがいがあっておもろい)

ゆっくり歩いて散歩するのは楽しい。ときおり「つけ」や「待て」の訓練をは さみながら、ぱるが興味あるにおいを一心に嗅いでるのを眺めたり、立ち止まって凝視する視線を追ってみたり。よその犬にあいさつするのにつきおうて、 犬同志がお尻をクンクン嗅ぎ合う間、飼い主と犬の話をするのも楽しい。
春には、沈丁花が咲く。沈丁花の香りは夜になるといっそう妖しく強くなる。 歩いてると、どこからともなく漂ってくる香り。ぱるはしっとり濡れた鼻をヒクヒクさせている。犬の鼻は左右に切れこみがあってよく動き、いかにもいろんなにおいをようけ吸えそうな構造だ。その鼻の穴をいっぱいに広げて、高鼻を使うしぐさは愛らしい。けど、花の香りは電信柱にかけられたしっこの魅力には劣るとみえて、すぐ顔を下に向け、だれかがつけた『おたより』を解読するのに執着している。そっちのほうが、ええにおいかぁ?ぱるよ。

歩いて散歩もええけど、距離が長くなると時間もかかる。また、犬にも思いっきり走らせてやりたい。
そんなんで、自転車散歩を始めることにした。まだほんの子犬やったころは前籠に乗せて走ったりもしたけど、7kgを越えると危なっかしいてもうあかん。 そやから、ぱるにとって自転車はごぶさたやったんで、とりあえず自転車を片手で押し、リードを持って歩くことにした。
ぱるがあっちこっち嗅ぎ回ると、ふらふらして持ちにくい。それをなだめながら歩いてたけど、私は『いらち』なんですぐ飽きてくる。そこでリードをハン ドルにくくりつけ、自転車に乗ってゆっくりペダルをこいだ。ぱるもトコトコ 走り出した。お、いい感じ。
順調に進むので、つい、ペダルを踏む足に力が入る。けっこうスピードが出た とき、ぱるはタイヤの前に出てしまった。
「ギャン」
ああっ、ぱるひいてもた。あわててぱるの体を確かめると、どっこもケガはしてへんようだ。ふぅ。
その日は重いけどぱるを籠に乗せ、そのまま家まで押して帰ったので汗だく。 次の日からまたゆっくり走り、ぱるが前に出ようとすると、「こん」と軽く前輪を体に当てた。そうするとビクッとしてうしろに戻るのでこれを繰り返し、 ほどなく「車輪が当たると危ないさかい、前に出たらあかん」ということを覚 えてもらった。
いまではタイヤがちょっとくらい当たってもぱるはへっちゃらで、勢いよく自転車を引っ張って全力疾走してくれるけど。
●第22話:不審物の捜索

みなさ〜ん、ドラクエやってますか? 私はなんと、予約が要るのを忘れていたのですっ、とほほ。第2版を待ってますぅ。
我が家のぱるも最近、新しい技を覚えたようだ。レベル1で『よだれ』を覚え て、人が何かを食べているとかたわらに座り、だらだらだらとよだれをたらして哀れを誘う。何度もヌルヌルのよだれにスリッパが滑って、こけかけたこと がある。次は『臭い息』。イスに腰かけてる人の足に顔をのせ、「ハアハア」 とHな電話よろしく息をふきかけて食事のジャマをする。これはレベル3くら いか。レベル4で例の『雨ふらし』の呪いを覚え、外食の妨害に出た。
そして最新の技は『休業』である。このところ、異常乾燥注意報が出ているの を見計らって出かける。ふっふっふっ、私らのほうが一枚上手なんやで〜と、 ほくそえみながら外食に出かける。が、しかし、目指すお店には『本日休業』 の札がかかってるのだ。う〜ん、今度のは手ごわい。さすがは外道(ゾンビド ッグそっくりの)ぱるである。

さて、ぱると散歩をすると、当然のことながら排泄物の始末がついてまわる。 京都の街中は家が建てこみ、空き地というものがあまりない。犬を飼ってる人 は多いけど、みな排泄の場所には困ってると思う。ま、そういうことを気にせえへん剛の者もいるけれど。(この話は長くなるのでまたの機会に)
我が家はすぐ近くに児童公園があるので、いつもまずそこへ行って、隅っこの植えこみでしっこさせる。ぱるが足を上げてしっこをするようになったのは、 6、7カ月のころやったと思うけど、なぜか1カ所でほとんど出しきってしまうのでラクである。近年は量も増え、足もとの安定が悪いと、よろけながらも長しょんべんしてる。まるで年寄りみたい。あるいは、どうどうと出る自分のしっこが水たまりになり、前足まで流れてくるのを(ふんばってるから避けるわけにもいかず)迷惑そうな顔つきでしている。
そんなわけで、あとはあちこちの電信柱のにおいをかぐだけ。けど、ときどきどうしても印をつけたい相手がいるのか、足を上げる。こういう時はたいてい 裏返りそうになるくらい足を高々と上げ、たとえ1滴でもかける。相手より大 きく見せようとしてんのか、雄犬の本能は去勢しても残ってて面白い。

問題のうんこは、ぱるのんはちょっとソフティ。腸が弱いせいか、コロコロしてへん。それを地面に押しつけるように腰を落としてするんで、でき上がりは 見事なとぐろを巻いている。本当に、漫画みたいな形である。
犬を飼って初めて気がついたことは多いけど、犬の肛門は排泄の時、脱腸みたいに内側が表にめくれる。そして出したあとはきゅっと引っこむから、周りに汚れがつかへんのだ。なんて合理的なんやろ、余計な紙を使わない地球にやさ しい構造である。
そやけど取る紙は必要なんで、当時はちり紙を買うて、巨大な目玉クリップみたいな形をしたプラスチック製の『うんこ取り』にセットして使うてた。これで「パックン!」とはさみ取るわけである。あとはそのままぶら下げて帰り、 トイレに流す。

ある日、天気がごっつう良かった。うららかで風もさわやかやったんで、私は 鼻歌を歌いながら元気に散歩をしていた。そして近所をぐるっと回って家に帰 り、トイレに立つと・・・・・ない。
中身が、ないのだ。
どうやら元気に手をふって歩いてたんで、クリップのバネがブツの重みでゆるんだらしい。あわててまたぱるを連れ、歩いたコースを思い出しながら見て回った。(ぱるを連れてへんと、私がした思われたらあかんからね)
すると、二条駅にほど近い製版屋の倉庫の前で、若い従業員さんがホースで水を流している。「きっとあそこに違いない」と思って行くと、やっぱり。
ジャアジャアと水が流れる縁石に、ビッチョリ濡れたちり紙。『脱がされた重役』のように、中の塊が透けて見えている。(下品なカルトギャグですいません!)
「すいませーん、それ私のです!あ、いや、うちの犬のです。知らんあいだに落としたみたいで・・・」
「はあ。もういいですけどぉ」
そう言いながらも、ムッとしているのは顔つきでわかる。「そうですか」 と言って帰るわけにもいかず、私はありったけのちり紙をかぶせ、その塊をつかんだ。さすがは吸水性の高いお便所用ちり紙、あっという間に水分が手まで浸透してきた。泣きそうになりながらそれを『うんこ取り』に入れ、絶好の陽気とは裏はらな気分で帰途についたのであった。
●第23話:セットメニュー

お散歩もすっかり日常になり、最初のうちはわれ先にと起き出し、リードを奪 い合うようにして散歩に出ていた私らも、朝寝をむさぼるようになった。会社勤めのダンナは、早朝に出勤する日はとりあえず起きてすぐフェンスを開け、 ぱるをしっこに連れていく。そして朝食を済ませて駅へ。余裕のある日は散歩をして、新聞を2紙じっくり読んでから出かける。
どっちにしても、低血圧でもないのに朝の弱い私は(しかも夜も早く寝る!) ほぼ毎日、小学生がうちの前を通過し終わる時間帯に起きる。そして散歩が済んでる日はそのまま新聞を読んだり、急ぎ仕事がある日は仕事場に向かう。散歩がまだの日は、コーヒーを飲んで台所や洗濯を片づけ、10時ごろになってよ うやく出かける。もうぱるはすっかりお待ちかね状態で、下に降りて「お散歩 行こか」と声をかけると、勢いよくぶんぶん尻尾を振る。こういう時、犬は顔 を上に向け、口を半開きにして口角を引く。ほんまにうれしそう。

この時間帯、散歩の人は少ないと思ってたんやけど、意外と犬連れの人によく会う。どうも、家族を送り出した主婦が散歩に出る時間帯らしい。何度も会ううちに、すっかり顔見知りになった人もたくさんいる。
最初に犬が仲良うなったんは、柴系のプーちゃん。小柄で見事に4本の足先と しっぽの先だけが白い。そして顔にY字の白抜きがチャーミングな雄犬。ソッ クスを履いた足で、トスットスッと歩く姿がかわいい。彼はぱるより半年ほど お兄ちゃんやけど、すごく気が合うて大の仲良しになった。
うちの前の道を南のほうからプーちゃんが曲がってくる。待ちかねたようにぱるは尻尾を振って迎える。プーちゃんも必ず立ち止まり、しばらくじゃれあって遊ぶ。「ガフガフ」「ガァ〜」などと、声を上げて甘噛みしあい、ごんだま りになって遊ぶ。それを飼い主のおばさんと眺め、ひとしきり遊んだあとはそのまま一緒に散歩することもあるし、ひと呼吸置いてから出かけることもある。この遊びのおかげで、犬がうなり声を上げても、それが友好的なのかそうでないか、私は判別がつくようになった。

ほかにも家の近所で仲良うなったんは、北の古い長屋に住むクロ君。ぱるより2歳ほど年長で、ボクサーの雑種らしく、こげ茶のビロードのような毛に包まれた体は筋肉ムキムキで逞しい。体重は20kgそこそこやろうけど、鼻ヅラ が黒く、ボクサーらしい「うっとおしい」顔をしてる。それがまた、いかめし い。連れてんのも、60歳なかばの頑固そうなおっちゃんだ。似てる。
クロ君は、落ち着きがあって堂々としている。積極的に遊びを誘ったりはせえへんけど、子犬がじゃれついてもそこそこ相手はしてくれる。
プーちゃんの飼い主のおばさんは、
「うちのプーは頼りないけど、なんかクロちゃん見てると『オ・ト・コ』 っていう感じやねぇ」
「ほんま、ほんま。ボディビルでもやってる感じ」
と、私。近所のガキとはひと味違う、苦み走った雄犬なのだ。
そして、アベル君。この犬はテリアの雑種やけど、30kg近くあってでかい。けどシャイ な性格で、あんまり犬の相手は好きではない。近寄ると「ウゲウゥ〜」とかなんとか、文句を言いながらくるりと背を向け、あさっての方角にすたすた歩いて行く。奥さんは「あ〜れ〜」という感じで引っ張られて行くんやけど、 その人はすごく社交的で、年齢が私と近いせいもあり、すぐに人のほうとは仲良くなった。

犬が仲良くなった飼い主さんとは、親しく声を交わすようになったけど、そこ で気がついたこと。
みんな、「犬しか見てへん」のだ。
私もそうやけど、はじめのうちは犬連れでしか『どこの誰』というのが判別で きひん。呼び名も「ぱるちゃんのお母さん」「プーちゃんとこのお母さん」で ある。みんな犬の名前は言うても、姓名なんか名乗らへんし、犬ばっかし見てるから、人の顔が覚えられへん。そやから犬を連れへんで顔見知りの犬に会うてなでたりしたら、犬は私のことをわかってくれても飼い主は「?」っていう 顔をする。「あの白い犬、ぱるの飼い主です」というと、はじめて「ああ、ぱるちゃんのお母さん!」ということになる。もちろん私がぱるを連れ、犬抜きの飼い主に会うた場合もおんなじである。
飼い主の人権とは、ないも同然。犬とセットで「○○とそのお母さん(お父さ ん)」という呼称でしか、存在価値があらへん。ハンバーガーについてくるポ テトみたいなもん? いやそれより軽い存在かもしれん。けど、みなそれを嫌 がりもせず、けっこう犬の名前を覚えててくれることがうれしかったりするんやから、まこと、犬とはあなどれない生き物である。

●第24話:犬体の神秘・その1

犬を飼うのは初めて、そやからぱるやお友だち犬を見ていると、いろんな発見があった。
足の太い犬は、すごく大きいなる。大型犬の子犬は足がずんぐりしてて、将来の姿をほうふつとさせる。耐震構造にも優れていそうなスタイルだ。犬は急激な勢いで成長するけど、耳の大きさはあんまり変わらへん。そやから立ち耳の犬でも、最初は重みに耐えかねて折れているのが、だんだん立ってくる。立ちそうで立たない、そのもどかしさも成長を見る楽しみだ。
犬の足は、関節がつながっている。(おかしな表現だ)そやから前足の関節を 「クイッ」と伸ばしてやると、どうしたって足はまっすぐに伸びてしまう。曲げるとやっぱり曲がってしまうから、うしろから抱きかかえて両前足を持ち、 「月が出た出た〜」と歌いながら曲げ伸ばしすれば、どんな犬でも簡単に炭坑節が踊れる。関節の部分を持ってぶるぶるさせると、足先も無気力に揺れるので、「いつもすまないね〜」と、中風のおとっつぁんのマネも できる。(うわぁ、これ、むちゃくちゃ古いギャグ!歳がばれるぅ)
後ろ足も、太ももをさすってやると、なぜかまっすぐに伸ばす。横倒しに寝かせて前足と後ろ足をさすれば、『帝産バス』のマークになる。

犬の口は、端がだらんと垂れ下がっているのや、ぴっちり密閉度の高いの、 いろいろである。けど、大型の洋犬やその雑種はよく垂れている。そして、そ こからよだれをだらだら垂らす。犬のよだれはヌルヌルで、乾くとコベコベだ。 クチビルの縁は、ビロビロで細かい突起物が並んでる。ここがなんとなく気持 ち悪かわいい。ダンシングベイビーみたいにトレンディなかわいさ。
ぱるはけっこう垂れていて、端っこはいつもよだれ臭い。じくじくしてかゆい のか、よく後ろ足でかいている。
普通、犬は舌を真下に垂らしてハアハア言うが、いっぱい走って疲れてくると横からてれっと垂らす。自転車で散歩してると、『横舌』がお疲れのバロメー ターである。
家に帰れば盛大に水を飲むが、犬の舌は裏向けにくるっと丸くなる。ご飯を食べる時は前に丸めるようにするけど、水の時は反対。これってすごく不思議。 犬の舌は長くて器用だ。鼻が濡れているのも、しょっちゅう自分でなめてるから。そやから、眠ってる時はパシパシに乾いている。
ところで、犬の鼻は味が違う。ぱるはほとんど味がせえへんけど、もう1頭飼 ってる『ぷんて』はものすごくしょっぱい。夏など、よく塩を白く吹いて寝て る。何頭か近所の犬の鼻をなめてみたけど、レトリーバー系の犬はあんまり味がない。和犬は塩味がきつい。小型で顔がべちゃっとした犬は、ちょっとすっぱくてムレ臭い。

犬は、頭がよく回る。といっても賢いわけではない。くるっと反回転する。後ろ向きに伏せている時とかに「ぱる!」と呼ぶと、そのままの姿勢で顔だけこっちに向ける。無表情な顔が背中に載ってる感じ。エクソシストみたいで、こ れまた不気味かわいい。
尻尾のふり方も犬によって違い、たらんと下がっている犬はほぼ水平に持ち上 げてぶんぶんふる。興奮すると、ぐるぐる回す犬もいてる。大きな犬ならムチのように力強く、当たると痛いほどだ。柴犬や秋田犬とその雑種は、あんまり激しはくふらへん。尻の上で、くるんくるんとさせる程度。ぱるはおそらくラブ ラドールが入った和犬なので、普段はさし尾やけど、うれしい時は寝かせぎみでぶりぶりふる。警戒している時は立てたまま小刻みにゆするので、感情の違 いがわかる。
ということで、犬は毎日見てても興味はつきひん。それぞれ個性があるから、 よその犬でも面白い。まだまだ発見はあるので、次回に続く・・・
●第25話:犬体の神秘・その2

犬の関節でもうひとつ。犬の後ろ足は「気持ちいい」神経とつながってるみた いだ。胸とか、おなかとか、自分でかけないところをわしわしかいてやると、 後ろ足を盛大に動かす。まるで自分でかいてるみたいに。そやから、あちこち かいてやってて、後ろ足を動かし始めると「ここがかゆいんやな」ということ がわかる。そういう時は、くちびる(?)をめいっぱい耳の方に引き、「うー ん、そこそこ!」と言うてるみたいな表情になる。喜んでいる。こういう時、 飼い主は孫の手のお役をしてやった甲斐がある。
けど、ときどきその後ろ足が私の手に当たって、まるで「犬をかいてやってる 私の手をかいている犬」状態になることもある。これは爪が痛いので、ちょっ とかんにんしてや、である。

そして、犬もリラックスすると、大の字になる。こういう生き物は丸うなって 寝るもんやと思ってたので、最初はびっくりした。子犬のころはぺたんと足を 広げて伏せをし、『虎の敷革』みたいな格好でよう寝てたけど、大人になった らあおむけで寝るようになった。それも体を横倒しにして、手は行儀よう胸の 上に折り曲げ、足だけをパカァと開いて寝る。上から見ると相撲の軍配みたい な形で、それがときどきフワァフワァと閉じたり開いたりするのは面白い。た だしキャンプに行った時とか、戸外では絶対にせえへん。あくまでも家の中で くつろいでいる時、だけである。
犬も、寝言を言う。夢を見ているらしい。ピクピクと四肢を動かしてる時は、 きっとどこかを走っているんやろう。カチャカチャと爪が床に当たり、「クフ ォンクフォン」と、口を閉じたままやから、くぐもった声で吠える時もある。 どこかの犬に呼びかけてるんやろか。夢を見ている時は、まぶたも激しくピク ピク動くし、耳もパタパタさせる。絵に描いたようなレム睡眠である。

うちのダンナはときどきうっすら目を開けて寝る。口もほわっと開けてる時は 「なんか隣にハマグリがおるみたい」と思う。これを夜中に見ると、すごく気 色悪い。けど、ぱるもそう。成長するごとに「いやぁ、お父さんそっくりにな ってきて!」と言われるようになったんやけど、顔だちだけでなく、そういう しぐさまで似ている。あおむけになってがっくりと首をのけぞらせ、薄く白目 を向いて寝ているところは怖い。
そういえば、犬にも白目がある。(当たり前か)寝ている時にまぶたを持ち上 げると、白目でこっちを見る。これも、なんか憑いてるみたいで怖い。それか ら、起きている時にあおむいた格好でちょこっと白目を見せ、口元をぐっと引 いてると、写楽の役者絵みたいである。

さて、一番感心したのは「犬も屁をこく」ということである。(これも当たり 前か)ぱるのように短毛種の犬は、肛門をぺちゃっと床につけたままこくので 「プピ〜ッ」と情けない音を出す。小学生のころ、手の甲に口を当ててマネを したけど、ああいう感じの音。けど毛深い犬は空気がもれるのか、音がせえへ ん。しかし、クサいのはどっちも一緒。強烈に臭う。ぱるはよく屁をこくが、 軽やかに階段を上がりながら「プップップッ」とリズミカルにこかれると、後 ろから上がって行く私はとてもトホホな気分になる。
生理現象で言えば、犬は目に見えて汗をかくのは足の裏だけ。そやから暑い日 に散歩をしてると、ほんの10秒ほどでも立ち止まったところには、くっきりと 梅の花が咲く。汗は足の裏にしかかかへんけど、毛の生えてない部分にはまん べんなくかくんやと、これも感心したしだいである。
●第26話:犬体の神秘・その3

犬は一着しか毛皮を持ってへんから、ほっとくと臭くなる。そのにおいもいろいろである。うちのぱるは、洗いたてはサラサラ、シャンプーのにおい。けど1週間くらい経つと、だんだんケモノになってくる。といっても動物園のような感じとは違う。なんとのう「磯臭い」のだ。浅い海のよどみで日光を浴び、ひからびかけた海草のようなにおい。時間が経てば酢昆布のような感じに変わってくる。それが雨の日にしっとり湿気を含むと、生臭い感じに変わる。ぱるは魚が好きなんで、そうなるんやろか?
ところが、頭のてっぺん、骨がコツンととがってるとこだけは、ものすごくいい香りになる。はっきりとした「芳香」、奥ゆかしい和風の香水みたい。不思議と雨の日にはここだけいい香りを発するので、我が家ではぱるのことを「じゃこう犬」と呼んでいる。空気全体が蒸れるような梅雨時には、ぱるの頭に鼻をくっつけるのはささやかな楽しみとなる。

さて、犬の毛皮もいろいろある。長いのや短いの、シャキシャキした手ざわりから、まるでさわってないみたいにしなやかで柔らかいのまで。本当に毛のない犬(ヘアレスドッグ)はまだ、現物を見たことがないけれど。
犬はかゆいところをかいてやったとき体をよじるけど、そういう時は毛皮だけが、肩のあたりでくにょんとよじれるようになる。犬はみごとに皮がたぷたぷなのだ。(これは他の動物に噛まれた時、牙が身に食い込む被害を最小限にとどめるためらしい。だから噛みつきやすい首のまわりは、特にたぷたぷなんやそうだ)そして、よく身ぶるいするけど、たいてい頭から尾にかけて順にふってゆく。ウエーブみたいな感じで、きっちり尻尾の先までふったあとに尻尾がピンと伸び、そこでピタッと止まるからおかしい。
「う〜ん」と伸びするときも、まず伏せの形からお尻を持ち上げて、顎を引きつつ前足を思いっきり伸ばし、後ろ足を1本ずつ地面から離して伸ばしてく。構造的に全身で伸びをするのは無理なのか・・・。
毛皮は1頭1頭違うけど、爪とヒゲはほぼ同じ。白いか黒いかである。私が見たかぎりでは、毛皮の色が濃いと黒、白っぽいのは白が多い。爪とヒゲは必ず同じ色である。我が家の2頭も白い犬は白、黒っぽい犬は黒だ。
「爪が黒い犬は賢い」という人がいたけど、それは違うと思う。雄同士、雌同士は必ず仲が悪いといって、出会い頭にまず性別を聞き、自分が連れている犬と同性なら有無を言わさず遠ざける人もいはるけど、ああいう俗信みたいなものを鵜呑みにすると犬がかわいそうやと思う。「犬ぐらい誰でも飼える」という気なのかも知れんけど、せめて飼育書の1冊ぐらいは読み、もっと犬をよく見て飼ってやりたいと思う。

犬はにおいに敏感やけど、すごくこだわる犬とそうでない犬がある。ぱるはにおいより音や視覚のほうに敏感だ。けど、もう1頭いる犬は、徹底的ににおいにこだわる。電信柱など気の済むまで嗅いでる。が、あんまり視覚的には注意を払わない。ぱるはそこまでしつこくにおがないけど、人の動作や微妙な声の雰囲気を敏感に感じ取り、それによって人を判断する。ぱるはお客さん大好きで、人には吠えかかったことがない。家でも、チャイムが鳴った時だけ吠えるけど、戸を開ければ大歓迎だ。とりわけ宅配便のお兄さんは「家になにかを持ってきてくれる人」という意識があるのか、尻尾をふって喜んで出迎える。しかし、今まで家に来たお客さんのうち、2人だけ威嚇された人がいた。
聞いてみると2人とも昔、犬に噛まれたことのある人で、玄関を開けたとたん大きい犬が「にゅうッ」と顔を出したのでびびったそうだ。その瞬間、ぱるは低いうなり声を発して威嚇したという。相手の態度を見て高飛車に出る、イヤな奴。ところが犬好きな人なら、全くの初対面でも、道ですれ違うだけでも尻尾をふって伸び上がり、顔をなめようとする。あれはきっと、犬が好き、嫌い、それぞれの雰囲気を瞬間の態度で読みとって行動に出ているに違いない。

犬にも、利き腕(足?)がある。しっこをするときに上げる足はたいてい同じ側である。そして「お手」をする時にまず出す前足も、たいてい決まっている。ぱるは後ろ足は右、ちなみにうんこをする時は、いつも尻尾を左によけている。「お手」も左。彼はそうして差し出した左前足を、人が持とうとするとすっと除け、肩すかしを食らわせる。生意気な奴。ある友だちは、 「ぱるは、ゴルゴ13みたいやなぁ」
「へぇ?なんで」
「利き腕を決して人に預けない、やんかぁ」
「ははは。そんなええもんか」
けど、むちゃくちゃいやしいので、食べ物を持っているとお手から伏せ、お座り、命じられたことは何でもする。我が家のゴルゴは、いささかなさけないスナイパーである。

●第27話:洛中道楽(今回は犬が出てこない!)

季候が夏に向かうと、散歩の時間が朝は早く、夜は遅くなる。
早朝、まだ空気がほんのり湿っている時に、散歩に出るのは気持ちがいい。政令指定都市・国際観光都市の街中といっても、うちのあたりは古い長屋や路地が多く、どこか懐かしい雰囲気の界隈である。京都の庶民的な町屋は塀などなく、いきなり道に面して玄関が設けてある。そして古い家は2階が異常に低い。木の柱に土壁か板壁で囲い、低い2階に開けられた窓には細い格子がはまっている。虫籠窓(むしこまど)というんやけど、ほんまに虫カゴみたいな造りだ。
そんな家が並ぶ道を歩いてると、古びた格子戸の奥から、炊き立てのご飯のにおいやテレビの音が聞こえてくる。こんな朝早くからもう生活の香りが漂ってくるのは、きっと老夫婦の家庭なんやろな。そう、京都の街中は、老人人口がすごく高いのだ。

うちから二条城まで行く時には、御池通りという大きなバス道路を渡る。といっても堀川通りという、南北に通じる幹線道路から東が大通りなだけで、西側(私の家のあるほう)は2車線の普通の道だ。
この一角に、おそらく昔は八百屋を営んでいた感じのしもた屋がある。
70年ほど前に建てられたであろうその家は、板壁がトタン板で補修され、それも錆びている。ホコリがたまってすっかり曇りガラス化した窓には、1994年のカレンダーが目隠しに貼ってある。印刷された泰西名画は色あせ、どことなくもの悲しい。玄関には傾いて隙間ができたガラス戸がはまってるけど、この季節になると開け放たれている。中はお店をやってた時の土間のままで、薄暗いところに円い木のテーブルとイスが置いてあり、横には荷物や自転車が無造作に同居している。壁には、みかんやバナナの段ボール箱が切り開いて貼り付けられ、棚に昔の大きな秤が、お店をやってた記念のように置いてある。
そんな家で、ときおりおじいさんがイスに腰掛けて新聞を読んでいる。ステテコに前あきシャツのカジュアルスタイルで雪駄履き。老眼鏡をずらしかげんに、背中を丸めたその姿は、すっかり家の古びた様子にとけこんでいる。この家の前を通るたびに、「なんかアジアっぽいなぁ。香港やインドネシアの裏通りみたいや」と思う。

この家の向かいにはもう少し新しい家があり、こちらは普通の2階建てだ。通りに面した窓の下に小さい棚が造ってあり、いつ通ってもミニチュアの盆栽が何十個も並んでいる。季節によって木の種類が変わり、冬には小さい小さい実を付けたリンゴなんかも置いてある。10cmほどの松でもちゃんと枝振りがうねっていて、1つずつ見ていくのは楽しい。2階の物干しにもたくさんの植木が置いてあるし、ものすご丹誠を込めて育ててはるんやろう。朝や夕方に通ると、水をかけられた植木が陽に照らされてキラキラ光り、喜んでいるように見える。
ある日、ちょうどこの家の御主人が、大きなお盆に盆栽をたくさんのせて運んでいるところに出くわした。60歳ぐらいの人だ。
「いつも拝見してますけど、きれいですねぇ。これ、大きくならへんように育てるのん、たいへんなんでしょ?」
「そうですなぁ」
「けど、こんだけたくさんあるのん、毎日出し入れしてはるんですか?」
「はぁ。このまま置いとくと、夜中に家出しよるやつがおりますんや」
どうもパクッて行く人がいるらしい。それは家出ではなく、誘拐ではないか。けど、思わず持って帰りたなるほど、どれもこれもかわいい。二条城観光に来た外国人も、よく立ち止まって感嘆の声をあげていくそう。そんな人には、記念にあげたりもするらしいが、外国に盆栽は持ち帰れるのだろうか?

さらにこの家の北には、瓦がずれて屋根が傾いた平屋がある。ここには夏になると夕顔に似た大きい白い花が咲き、秋には瓢箪がいっぱいぶら下がる。この家の主は、おそらく90歳近い老人だ。白いあごひげをたくわえ、頭はツルツル。夏の夕暮れに、瓢箪を眺めながら涼んでいる姿はかくしゃくとして、古い家と一体化している。
この家のさらに北には、昔ながらの町屋を改造し、駄菓子を商う土産物屋さんがある。柿渋のようないい色ののれんが風にはためき、表には絣の座布団をのせた床几が置いてある。
かたわらには木の樽が置かれ、竹のトイを伝って井戸水がちょろちょろ注ぎこんでいる。中にはまっ赤のソーダ水やラムネ、「コーヒ」とプリントされた懐かしいジュースの瓶が冷えている。こういう意匠が、町屋の雰囲気になじんでとてもいい。
毎日違った道をたずね歩くのも面白いけど、なじみの界隈を歩いてなじみのものを見るのも楽しい。私は、こんな京都の街中の風情が大好き。この界隈に住んでいることがとてもうれしい。

●第28話:脱走ぱるちゃん

夏場は夜の散歩も、もちろん遅めに行く。夏は蒸し暑く、冬は底冷えする京都の街も、さすがに夜10時をすぎると、ひいやりしてくる。夕立があった日はアスファルトも冷え、とりわけ涼しいて気持ちいい。
そんな晩は、まずいつものように公園へ行き、すみっこのほうでしっこさせてから公園の中をウロウロする。そして洋画に出てくるような、ご主人が口笛を吹くとピューっと駆け寄ってくる名犬(どだい無理だったのだが)を目指し、ちょっとした訓練をする。付け、待て、一番の難関は「来い」だ。公園に誰もいないのを見計らい、ぱるにリードをつけたまま、広い場所でダンナが立つ。そこから直線で20mほど離れたところに私が立って、ぱるを呼ぶ。私に駆け寄ってきたら大げさに誉めてやり、反対側でダンナがぱるを呼び戻す。するとぱるはまた、ダンナのほうに駆けてゆく。それを何度か繰り返すのだ。だんだん2人の距離を空けていって、そのうち自由に駆け回らせ、呼んだら来るようにしつけるつもりやった。
はじめの何度かはぱるは大喜びでダンナと私の間を行き来する。けど、さすがに飽きっぽい犬だけあって、3度、4度と繰り返すうちに呼んでも途中で向きを変え、ぜんぜん違う方向に駆けていく。大慌てで追いかける私ら。
ぱるはこれを遊びと思ったらしく、いっそう喜んで逃げる。こういうときは、決して追いかけてはいけない。向こうからやってくるようにしむけるのがコツ、なんて本には書かれてるけど、逃げて行く犬を目の前にすると、それこそ本能で追いかけたぁなる。やっとのことで捕まえると、すぐきつめに叱り、その日は2度とリードを離さないようにする。

何度かこういうことを繰り返し、「できるようになったかな?」と思いはじめた矢先・・・。いつものようにぱるを公園に連れて行った。誰もいない。私らはリードをはずし、ぱるを遊ばせた。大はしゃぎで走る回るぱる。と、勢い余って公園の外に出てしもうた。2人で必死に呼ぶと、チラッと振り返りはしたものの、そのまま東の方向へ走り去っていった。
あっけにとられるダンナと私。はっと我に返り、また大慌てで追いかける。こうなると、呑気に待ってなんかいられへん。伸び盛りの若犬・ぱるは、ほれぼれするような駿足で姉小路通りをまっしぐら。どたどたと、日ごろの運動不足を後悔しながら、追いかけるダンナと私。
けど、あっという目にぱるの姿は見えへんようになった。2人は手分けして、あちこちの筋を探し歩く。5分ほど経ち、へろへろになって歩いていると、いたっ!ぱるは道のかたわらで腰をかがめ、うんこをしている。そこまで駆けていったが、タッチの差でぱるはまたどこかへ。うんこを片づけている間に、また見失ってしもた。クソッ!(しゃれかいな。もっともこの時はそんな余裕もなかったけど)

さらにまた5分ほど経った。もう、よれよれで歩いてると、向こうから涼しい顔をして歩いてくる1頭の犬。頭にかぁっと血が上ったけど、ここで怒ってはまた逃げられてしまう。とりあえずこちらの憤りを察知してる風なんで、たまたまご褒美用に持ってた煮干しをポケットから出し、餌で釣った。
ここが、さすがにいやしい犬。煮干しに釣られ、警戒しながらも近づいてきた。手に持った煮干しを「おそるおそる」といった感じで食べるけど、後ろ足はいつでも逃げられる体制や。私は、空いてるもう一方の手でぱるの首輪をつかもうとしたけど、敵もさる者、いや犬者、またもや体をヒョイとかわして見事に逃げられてしもた。
が、しかし。おりよくダンナが、その後ろに来ていた。ぱるの首輪をむんずとつかみ、ぶら下げてげんこつを食らわせる。四肢をばたつかせ、あたりに響き渡る悲鳴。すぐさまぱるを引きずって帰り、その日の散歩は終わった。

しばらくはおびえて、私らの顔色をうかがっていたぱる。反省してるかなと、また訓練を再開。ところが数日後、またもやぱるは公園から逃げ出した。この時もそこら中を探し回り、途中で何度か姿を見かけた。時おり通りの向こうのほうにチラッと見える犬の、憎たらしいこと!彼の尻尾が黒い矢印(悪魔の尻尾ね)に見えたもんである。彼の頭上に浮かぶ吹き出しには、きっと「わーい、わーい」と書かれていただろうが。
この時は、ダンナが先に見つけた。私が公園まで戻ってきて途方に暮れてたら、近くで「ギャヒ〜ン」と悲鳴が。そこまで行くと、ぱるが無理矢理伏せをさせられ、覆いかぶさったダンナに首筋を噛まれていた。
「こいつなぁ、いっぺん商店街で見かけたんやけど、すぐに横の路地に入ってん。追いかけたら小型犬を抱いたおばさんが歩いててなぁ、その犬に『遊ぼう!』って感じで飛びつきやんねん。もう、大慌てで捕まえてどついたったんや。おばさんは『どうもないし、そんなに怒らんといたげてぇ』て言わはったけど、そんなんで甘やかしたら、またこいつ、つけあがるやろ」
ダンナはかなり怒っている。絵に描けば、額に井戸マークが4つほど浮いてる感じ。この日もまたぱるは引きずられて家に帰り、しばらくは散歩中にリードから離すことはなかった。

●第29話:水を歩く

暑うなると、水が恋しいなる。と言うても私の体型では、人目とナイスバディの多い街中のプールなんかもってのほか。ここのところは「犬を連れてプールには行かれへんし」ということでごまかし、川へ行くことにした。
京都は、街のど真ん中を『鴨川』が流れている。夏になると川べりの飲食店では、河川敷にせり出して足場を組み、特設テラスといった感じの床(ゆか)をしつらえる。ここでお酒を飲むと、風がすごく心地いい。クーラーにはない涼感も、ごちそうのうちである。繁華街の中を流れてるので、夕暮れになるとデートのカップルが等間隔で並び、膝枕をしたりもたれあったり。それがまた、きっちりと、定規で測ったように規則正しく間を開けて並ぶので、『京の七不思議』の一つに数えられている。
かつて三条から六条あたりの河原は罪人の公開処刑場であり、三条河原は豊臣秀次とその一族39人が秀吉の命で三日三晩さらし首にされたあたり。六条河原は石川五右衛門が油の釜ゆでにされ、一族がやっぱり首をはねられた血なまぐさい伝説の地。さらし首は等間隔に陳列(?)されるのが通例やったそうなんで、ひょっとするとその呪いかもしれん。

さすがにそんな街中で泳ぐわけにはいかないので(釣りをしている人はいるが)、鴨川のう〜んと上流に行く。北区の雲ヶ畑というあたり、川幅は狭く民家もまばらで、気温も市内より2度ほど低い。ここを通る京都バスは1日に数本、我が家から車で30分ほどで行ける、自然豊かなリゾート地である。
細い道をどんどん北に上がってくと、ぱるは初めての場所なんで珍しそうにきょろきょろ。けど、たぶん風の中にすがすがしい野山のにおいを感じたんやろう、なんかごっつぅうれしそうな表情をしている。「あはあは」と言わんばかりの顔。道沿いに車が停まってない(つまり人けのない)、少し広なってる場所で停車し、ダンナが先に下へ降りてゆく。もどってきて、 「かあちゃん、ここやったら降りられそうや」
ぱるを降ろし、荷物を持って河原へ。ぱるはもう、うはうはで、リードを持つダンナはこけそうになりながら下へ降りてゆく。こら、ぱる。あんまり引っ張りすぎてとうちゃんこかしたら、また怒られるでぇ。
河原にレジャーシートを敷き、誰もいないので水着に着替える。ふっふ、ここなら大丈夫や〜。さっそく水に足を入れてみる。きゃぁ、冷たいっ!!
ぱるは「早う、リードはずしてくれぃ!」という感じで尻尾をぶりぶりに振り、鳴いて催促する。いやいや、もうちょっと待て。

お弁当やタオルを出し、準備を調えてようやくぱるを解放してやった。ここなら逃げ出しても、すぐに捕まえられるから(念のため、鑑札はしっかり首輪に縫いつけておいたけど)。彼にとっては初めての川。少しあたりの地面を嗅ぎ回り、軽くニオイをつけて・・・。警戒することもなく、いきなりジャブジャブジャブと水しぶきを上げて浅瀬に突っ込んだ。最初は水の冷たさにちょっとびっくりしたみたいやったけど、すぐに慣れて深みに入ってゆく。というより、「オヤ?歩いてるうちに足がつかんようになってもた」てな感じ。まったく、ごく自然に泳いでいる。
ものの本によると、犬は泳ごうと思って泳いでるんではないらしい。犬は、水の中でも「ごく当たり前に」歩いてるんやそう。そういえば犬かきの格好って、とっとこギャロップしてるのとおんなじ格好やもんねぇ。けど顔が濡れるのはイヤらしく、顔だけを上げて器用に足をかく。上手に尻尾を舵にして向きを変え、5mほどの淵をくるり一周した。どうも魚を追っているらしいが、犬に捕まるようなとろい魚なんかいるはずない。
ほどなくあきらめたんか、体が冷えたんか、上がってぶるっと身震いし、今度は山の探索にかかる。草が生い茂る斜面をがしがしと駆け上がり、姿が見えんようになった。
「ぱる〜ぱるぱる〜」
呼ぶと、意外と遠くのほうから戻ってくるぱる。犬の足はすごい。健脚にも驚いたけど、呼んでちゃんと戻ってくるのにも、ちょっと感動。そうか、知らん場所やったら、不安やしちゃんと戻ってくるんやな。ええぞ、ええぞ。
私らがお弁当を食べはじめると、傍らに寄って来てじぃっと見つめ、遊びそっちのけでよだれを垂らしてたけど、食べ終わるとまた水に入ったり山に入ったり。途中で小学生の男の子が3人、すぐそばに遊びに来たけど、「離したっててもええか?」と聞くと「かまへんで」と言ってすぐ自分たちの魚捕りに熱中しだした。ぱるは子供には慣れてるんで、そちらのほうには行きもせず、ちょっと離れた場所で遊んでる。そして数時間、むちゃ楽しそうに過ごしたのであった。あんなにお風呂は嫌いやのに、それ以外の水なら大歓迎のよう。顔が濡れる、石鹸で洗われる、きっとこのあたりがポイントなんだろう。
もちろん、この日は家に帰ると、ほどなく爆睡していた。

●第30話:おやつ食べ放題

我が家は家が密集した一角にある。商店街に近い一方通行の道に面して、家や路地が並んでいる。昔ながらの長屋と新しい家が混在し、小さい家からお屋敷までいろんな家が建て込んでいるのだ。我が家はかつて長屋と貸ガレージやった200坪ほどの土地に、新しくできた9軒ほどの家の1軒。うち3軒は、古くからの住民の住み替えである。
通りの西側には2軒並んだ町屋があり、真向かいの1軒は、昼間はおばあちゃんと小型犬1頭でお留守番。その南隣にもおじいちゃん・おばあちゃんがいてはる家があり、こちらは猫を飼ってるけど、うちの表を通るとぱるのことをかわいがってくれはる。
この両側には、広い庭や貸ガレージを持つ大きな家が並んでいる。斜め向かいのクリーニング屋さんも、手前の古い家が店で、奥に大きな新しい住まいがある。

引っ越して2カ月くらい経った時、その店の前で1人のおばさんに会った。通りの南にある、いかにも由緒ありげなお屋敷の人らしい。
自分ちでも10歳になる犬を飼っているとのことで、ぱるをみてぐりぐりなでてくれた。そして、手に持っていた食パンのヘタを、ちぎってはくれ、ちぎってはくれ・・・。
あっという間に1枚ぱるに食べさせた。
ぱるは夕食を済ませたあと。おまけにだらだらと食べ物をやるのは、しつけにもよくない。けど、我が家はこの町内の新参者ゆえ、むけむけに断ると角が立つので、 「あ、もうそんなにたくさん、いいです」
と遠回しに言うたけど、おかまいなし。ま、たまのことやし、この人もぱるをかわいがってくれはんのやし、いいか、とその時は思った。

それから、夜に表へ出ると、時々会うようになった。なんでもパン屋さんの知り合いがいて、余ったパンを友だちであるクリーニング屋さんに持ってきてはるらしい。ほどなく、我が家もそのお裾分けにあずかることになった。それはありがたいが、必ずぱるにもおこぼれが来る。それも大量の。そのたびに「もう、いいです」というのだけど、 「家の犬はもう年寄りやしあんまりご飯食べへんけど、ぱるは食べっぷりがええなぁ」
と、がんがんおやつをくれる。
私は、ちょっと警戒するようになり、「今日はたくさん食べたので、お腹弱いし、もうやらんといてください」と言うようになった。
そうしたら私らが見てる前では、大量のパンをぱるにくれることはなくなった。
けど、ある日、真向かいのおばあちゃんと話をしていた時のこと。このおばあちゃんは、お向かいでもそう頻繁に顔を見るわけではないけど、いつ会ってもおだやかな笑顔で、あいさつしてくれはる。ぱるにも「ぱぁるさん、元気ですか?」と、声をかけてくれる。とてもやさしいおばあちゃんだ。
「気いつけはったほうがエエよ。あそこの人、お宅がいはらへん時、夜に娘さんとものすごたくさん、パンとかおやつ、ぱるちゃんにあげたはるし」
なんでも朝早くや、娘さんが塾から帰るのを迎えに行った帰りがけなど、一緒に食パンを3枚とか、ビーフジャーキーをひとつかみとか、やってはるらしい。

げげっ。そうやったんか。
ぱるは、お腹が弱い。子供の時の体験が響いているのか、すぐに下痢をする。最近でも原因不明の下痢をすることがよくあった。学校帰りの子供がパンをやったりするかと思い、『お腹をこわすので餌をやらないでください』の張り紙をしてたのに・・・。
いったい、よそが飼っている動物に餌をやるというのはどういう感覚なんやろう。かわいいから、喜んで食べている姿を見たいから、自分になつかせたいから。理由はいろいろあるんやろうけど、それはありがた迷惑である。
後年、成長期にあんまり食べ物をやりすぎると、お腹の弱い犬になると本で読んだ。どうやらぱるの体質は、この時に出来上がったんではないか・・・。後でそう思うたびに、もっと毅然と断らなかったことに後悔したもんである。


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