四方山話

●神の遣い、夜の顔
関西では、奈良・東大寺のお水取りが終わると春がやって来ると言う。
まだまだ夜には足下がじわじわ冷える3月12日の深夜。
二月堂の内陣を、大松明を持ったお坊さんが火の粉をまき散らしながら駆け回り、堂の下にある若狭井から水を汲み上げる。明かりのまったくない暗闇で、松明をかかげながらえらいお坊さんが堂内に入り、本尊に汲みあげた香水を御供えするというのが“お水取り”の行事だ。
毎年この日は奈良に通じる道はどこも渋滞で、二月堂に着いた時にはすでに「ファイアー!」の勇壮な儀式は終わっていた。クライマックスのお水取りまでは、まだだいぶ時間がある。私と友人たちは冷えた体を温めるため、奈良公園に出て屋台でおでんを食べ、熱燗を引っかけた。
そして一時的にほてった頬を冷ますため、屋台が連なる参道から離れて散歩していると、しだいに屋台の発電機のブーンという音が遠ざかり、かわりにシャクシャクシャクという音がかすかに聞こえてきた。
「なんの音?」
暗がりに目を凝らすと、奈良公園名物の鹿たちがたむろしている。
彼らは、奈良公園の一角を占める春日大社の神様のお遣いだといわれている。昼間は公園で芝を食んだり観光客から鹿せんべいをもらったり。夜には大社の南にある鹿苑で眠ると聞いていたが、宵っぱりの鹿はけっこうな頭数である。
近寄ってみると、鹿たちは芝ではなく、屋台のゴミをあさっていた。
あっちではタコ焼が入っていたであろうプラスチックの器に鼻面を突っ込み、しつこくこびりついたソースをなめている。こっちでは子供が落としたのか、タコせんべいの切れ端をパリパリやっている。綿菓子の袋に顔を突っ込んで振り回してるやつもいる。
それは、ありがたい“神の遣い手”たちが昼間の務めを終え、常の顔にもどって開いていた饗宴のようであった。


●「こふん、くほん」の犬
4月は絶好のガーデニング日和。草木が芽吹き、鉢植えや庭の手入れに精出す月である。
庭のなかった我が家では、軒先に並べた鉢をいっせいに植え替える恒例行事のシーズンだった。土をふるいにかけ、新聞紙に広げて日光消毒する。肥料を混ぜて種をまく。そして明日やる水のカルキを抜くため、バケツにたっぷり汲んで家の前に置く。
私が10歳くらいのころだったと思う。水を置くようになってから、毎日深夜に珍客が訪れるようになった。
それは「こふん、くほん」というため息のようなセキをしながら近付き、長い時間をかけてバケツの水を飲んで、またセキこみながら遠ざかって行く。足取りもかなりゆっくりで、どうもかなり年老いたノラ犬らしい。毎日やってくるから、特長のあるセキが聞こえないと心配になる。数日あいて、また老犬の気配が戻ってくるとほっとしたものだ。
我が家は、弟が次々拾ってくる猫で埋まって“猫屋敷”状態の家に育った母が「動物を飼うのはもういや」ということで、縁日にすくってくる金魚以外の生き物は御法度だった。また、植え替え用の土にノラ猫がいっぱいうんこをしていくこともあり、ノラ関係への目が冷たかったせいもある。私自身も、小さいころ犬に吠えかかられて顔にケガをしたこともあり、犬はちょっと怖かった。
そんなわけで、その犬を「飼ってやる」という考えには至らなかったのだが、この老犬、不思議と昼間には出会わなかったので、どこか離れた場所から水だけ飲みに来ているようだった。ところがある日を境に、夜にもまったく気配がとだえてしまった。
いま思えば、あのおかしなセキはフィラリアの末期症状だったのだろう。いまでも花壇の植え替えをする季節になると、どこかで息絶えてしまったであろうあの老犬のことを思い出し、ちょっとすっぱい気分になってしまう。


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